今年も異動のシーズンを迎えて、私も4月1日付けでようやく中間管理職の肩書きが取れた。
今度の仕事はお客様設備の故障修理を行う担当。
故障を受け付ける担当から、その担当が手配した故障を修理する担当で、密接な関連のある担当への異動とあって、内心、ホットしている。
私の勤める会社では、1年契約の有期契約社員を大量に雇用していた。
JRの前身である国鉄同様、戦後のベビーブーム世代、いわゆる団塊の世代を大量に抱えており、固定費圧縮のため、様々な施策を会社は行ってきた。
現業部門を子会社化し、50歳になった社員に対し、雇用選択制度と言う名の下に、一旦親会社を退職し、子会社へ再雇用させると言うものである。
この時、子会社への採用条件は、親会社での最終賃金の3割カットの賃金で採用すると言うもので、実質的な賃金カットである。
更に、新規採用を抑制し、社員退職による後補充は地場賃金による有期契約社員の採用で稼動を補ってきた。
それが長年続き、700名近くに及ぶ有期契約社員を抱えるに至った。
その有期契約社員を昨年10月頃に、グループ内で派遣業の資格を持つ会社に雇用替えを行う旨を通知、今年の1月1日にそれを強行した。
おりしも、国会では派遣法の見直しを行っている最中とあって、私の勤める会社は野党から指摘され、雇用替えに同意しない契約社員や、同意したものの、同意を取り消す契約社員が現れ、それらの対応に追われる毎日が続いた。
会社の労務担当や経営陣からは、管理者のコミュニケーション不足からこのような結果を招いたのではとの指摘もあり、段々と精神的に追い詰められる毎日であった。
4月になれば役職定年で管理職を退くことができる。と、それだけが救いの忍耐の毎日であった。
今、ようやくその精神的な負担から開放され、新たな環境で、これから60歳退職までの毎日をどんな仕事をして過ごそうかと、僅かばかりの希望を持って会社に出ている。
これから北海道も遅い春を迎えるが、私にも小さな春でいいから、訪れてほしいものだ。